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「待つ」こと

個人面談のときに話があったように、早速先生がまたろうのためのスペシャル連絡ノートを作ってくれた。

表紙には
「またろう君 大いなる一歩一歩」
とあった。

学校や家で起こった、ちょっといい話、そして、困ったこと。

そんなやりとりをわりととりとめなく書き綴っていく中で、自然と「待つ」ということがテーマになった。

--- 先生から
またろう君の優しさ、大切にしたいですね。こちらはなかなか立ち止まってあげられていません。「優しくしてえらいね。」とかいいながら、「はい、では次のこと、早くしようね。」とせかしてしまうことが常です。この矛盾、子どもながらに「変だよ。」と気づいているんでしょうね。
集団生活のリズムももちろん大切ですけど、オールマイティーではないし、「大人が待つ」ということが、学校でも当たり前にならなきゃなと思いながらも、なかなか…
--- 家から
「待つ」は保育園時代ずいぶん先生方につきあっていただいてました。はじめは、大人がまたろうのテンポを尊重してやることでいつか(?)またろうがみんなのテンポに合わせるようになってくれるかな…という思惑があったりもしたのですが、そういうこともないまま何年も経ちました。
また「しかりつける」まで含めてどんな計画も効果はなかったのです。今では「めりはり追いたて計画」といったらいいか、「ここだけは」というところと、またろうのテンポで過ごせる時間を分けることで、なんとか家族の生活を成り立たせています。
「またろうテンポ」でいいときは、ほんとに親子共楽しく過ごすことができます。
--- 先生から
「待つ」ことに期待を込めてもなかなか待ったわりにみんなのテンポには…ということですね。よくわかります。ただ、みんなのテンポについていっている子(見かけ上)が、自主性が育っているかというと、またそれは別問題ですよね。自主性から言うと、またろう君はかなり育っているわけで、「待った」ことの効果は少なからず実を結んでいると言えるのではないでしょうか。
その上で「めりはり追いたて」は本人との合意の上で効果を挙げていくと思います。
---

先生がほんとうに真摯に、またろうを「見守る」姿勢であることには頭が下がる。それにしてもこの先生の「自主性から言うと、またろう君はかなり育っているわけで、」というときの「自主性」という言葉の使い方は独特。ふつう、またろうのような状態を「自主性が育っている」とは呼ばない。ただ、そういわれてあらためて考えてみれば、人が言うとおりに(たとえば先生が指示するとおりに)何も考えないでやる、ということをせずに、自分でやろうと思ったことをやる(のっているときは、ほんと集中して真剣に)ということを「自主性」と呼んでくれたということだ。一般的な言葉でいえば、「マイペース」!?

できるだけ「待つ」ことと、「めりはり追いたて」ということでなんとなく合意形成(先生と、親の間で)。これが正しい方向性なのかどうか、答えはすぐには出ないけれど(今は出ているのか?? というと、うーん)。
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Author:andantedandanto
本館ブログは
「アンダンテのだんだんと日記」
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「アンダンテのAmeba別館」

アンダンテ: 優雅な生活を目指す会社員。趣味はピアノとバイオリン。
またろう(国立大三): 高専を卒業して大学編入。一人暮らしが始まった。いつでもまったりマイペース。
こじろう(私立大一): 異星人感覚の持ち主だったが地球人に成長した。
はなひめ(私立中三): 女子中ライフ満喫中。
よしぞう: アンダンテの夫が務まる類稀な資質の持ち主。

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